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東京高等裁判所 平成5年(う)1300号 判決

本籍

新潟県南魚沼郡六日町大字泉甲五〇四番地一

住居

神奈川県綾瀬市蓼川一丁目七番七-九〇四号

会社役員

遁所玉由

昭和一三年三月一五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成五年八月一二日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官後藤雅晴出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人関根幸三名義の控訴趣意書に記載のとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して、原判決の量刑の当否について検討する。

本件は、一般土木事業及び舗装工事業を営む原審共同被告人遁所道路株式会社(本店所在地・神奈川県綾瀬市早川八六二番地。以下「会社」という。)の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人が、会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、(1)会社の平成元年七月期における実際所得金額が五一四六万九〇四一円であったにもかかわらず、法人税の納期限である同年九月三〇日までに所轄税務署長に対し法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、会社の右事業年度の法人税額二〇四六万九三〇〇円を免れ、(2)会社の平成二年七月期における実際所得金額が一億一二六九万八四五三円で、課税土地譲渡利益金額が一二一八万四〇〇〇円であったにもかかわらず、所得金額が二三一七万八七六七円、課税土地譲渡利益金額が五二八万二〇〇〇円でこれに対する法人税額が九八三万七〇〇〇円である旨虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、正規の法人税額四七六九万七九〇〇円との差額三七八六万〇九〇〇円を免れ、(3)会社の平成三年七月期における実際所得金額が六九五〇万三五〇七円で、課税土地譲渡利益金額が一〇四一万六〇〇〇円であったにもかかわらず、法人税の納期限である同年九月三〇日までに所轄税務署長に対し法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、会社の右事業年度の法人税額二八四二万八四〇〇円を免れた、という事案である。

このように、本件は、三事業年度にわたり、法人税合計八六七五万八六〇〇円を逋脱したものである上、逋脱率をみると、平成元年七月期及び三年七月期分は不申告であるから当然一〇〇パーセントであり、二年七月期分についても七九パーセント余りと高率となっている。

そして、犯行の主たる動機は、会社が経営不振になった場合に備えて資金を蓄積するとともに、自社ビル新築のための資金を捻出するため、というのであるが、要するに私企業の利益を納税という公益に優先させることにほかならず、酌むべき事情とはなし難いところである。まして、被告人は、動機を右のように主張するものの、実際には確保した資金のほとんどを損失を生ずる危険を孕んでいる株式取引に投資しているのであり、この点でも同情に値しない。

所得秘匿の手段方法の中心は、売上除外と経費の架空・水増し計上であるが、(1)売上除外については、追加工事や付帯工事あるいは少額の工事など目立たないものの中から一部を選んで、入金を元帳に記載せずに逐次簿外口座に入金して管理し、(2)経費の架空・水増し計上については、作業員及び役員の賃金、報酬、交通費等の架空・水増し計上のほか、平成二年七月期及び三年七月期については、不動産取引に関し、予め脱税に用いる目的で残土処理代金、企画料等の名目で架空領収証を調達して原価や費用に架空計上したものであって、全体として、脱税を意図して年間を通じて継続的かつ計画的に工作をしているという点においてやはり犯情は良くないものといわざるを得ない。

被告人は、名実ともに会社の代表者の立場にあって右のような脱税を計画し、経理担当者に具体的な指示を出し、また、自らも架空領収証の調達にあたるなどしたもので、その刑責は重いといわなければならない。

してみると、前記(1)及び(3)の事実が虚偽不申告逋脱犯に当たることは免れないものの、会社が法定納期限内に申告できなかったについてはそれなりの事情があり、期限後ほどなく申告をしていること(ただし、極端な虚偽過少申告である。)、被告人は、本件を深く反省していること、会社は、税務当局が確定した逋脱本税、重加算税及び延滞税を完納していること、被告人は、会社設立以来その中心として会社を切り盛りして現在に至り、周囲からもそれなりの評価を得ていること、被告人は、昭和五一年に贈賄、公職選挙法違反の罪により執行猶予付の判決を受けたことがあるほかは前科がないことなど、被告人のために有利に斟酌すべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を懲役一年に処し三年間右刑の執行を猶予することとした原判決の量刑は、その宣告の時点を基準とする限りやむを得ないところであり、これが重過ぎて不当であるとはいえない。なお、所論は、被告人が一年以上の懲役に処せられると、建設業法八条一項七号、五号により会社の役員の地位に止まることができなくなり、そうなるとこれまでほとんど被告人一人で切り盛りしてきた会社の経営が破綻する虞があるから、被告人に対する懲役刑は一年未満に止めるべきである、と主張する。しかしながら、本件で問題とすべきなのはあくまでも法人税逋脱事犯としての責任の軽重なのであり、他方、建設業法は、各種犯罪により所定の刑罰を受けたものについて、同法自体の要請に基づき(同法一条参照)、欠格事由を定めているのである。したがって、法人税逋脱事犯の量刑に当たり、建設業法上の欠格事由に該当することとなることを回避しようとの配慮をすることは、いわば本末転倒というべきものであり、法人税逋脱事犯としての量刑が結果として建設業法上の欠格事由に該当することとなってもそれはやむを得ないところである。所論は採るを得ない。論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決を受けた後本件について一層反省の念を強めていること、被告人は、会社の代表者として、会社を罰金二〇〇〇万円に処する旨の原判決を控訴することなく確定させ、右罰金の完納に努力したほか、法律扶助協会や福祉団体等に対して、被告人個人として二口合計一〇〇〇万円の、また、会社として二〇〇万円の贖罪寄付等をし、なお今後も寄付を継続していく決意を表明していること、会社に対しては地元公共団体から指名競争入札参加資格者等の指名留保の措置が取られていたところ、原判決後の被告人の反省の態度等が考慮され、右留保期間が短縮されたことなどの事実が認められ、これらの原判決後の情状に前記原審当時から存在していた被告人のために有利に斟酌すべき諸事情を併せ考慮して再考してみると、原判決の量刑をそのまま維持することは現時点においては重きに過ぎるものと認められる。

よって、刑訴法三九七条二項により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件につき更に次のとおり判決する。

原判決が認定した第一ないし第三の事実(第三の事実中、「課税土地譲渡金額」とあるのを「課税土地譲渡利益金額」と訂正する。)は、いずれも法人税法一五九条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、前記情状を考慮して同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

平成五年(う)第一、三〇〇号

法人税法違犯被告事件

○控訴趣意書

被告人 遁所玉由

右の者に係る頭書被告事件につき控訴の趣意は次のとおりである。

平成五年一二月八日

右弁護人 関根幸三

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一、原判決は、被告人が代表者である遁所道路株式会社が昭和六三年度から平成二年度分に亘る三期の法人税を次のとおり脱税したものとして、前記会社に対し罰金二〇〇〇万円、右会社の代表取締役である被告人に対し、懲役一年執行猶予三年の言渡をなしたものである。

期間 実際所得額 税額

1.昭和六三年八月一日

~平成元年七月三一日 金五一、四六九、〇四一円 金二〇、四六九、三〇〇円

2.平成元年八月一日

~平成二年七月三一日 金一一二、六九八、四五三円 金三七、八六〇、九〇〇円

土地譲渡分 金一二、一八四、〇〇〇円

3.平成二年八月一日

~平成三年七月三一日 金六九、五〇三、五〇七円 金二八、四二八、四〇〇円

土地譲渡分 金一〇、四一六、〇〇〇円

二、右脱税額の認定については、被告人の主張と若干の差異が認められるが、その点はともかくとして、被告人が本件犯行をなすに至った経緯について裁判所のご斟酌を頂きたいものと思料するものである。

被告人の会社は、本件犯行をなしたことによって、主たる受注先であった神奈川県綾瀬市から指名停止の処分を受けているものである。

幸いにも右指名停止は、遁所道路株式会社の過去の実績が認められて、当初は、平成六年二月一二日までの指名停止であったものが、平成五年一一月三〇日で指名停止が解除されたものである。

又、神奈川県においては、過去の実績を認めてくれたものか、指名停止の措置は免かれている。

このように、被告人が代表者である遁所道路株式会社は、今回の事件を除けば極めて優良な会社であったものであり、このことは代表者である被告人の人柄にも影響されているものであったことが、充分認められるものである。

三、被告人は一五歳(昭和二八年)で父親と死別し、同四二年に上京し株式会社遁所組で働き、土木業に従事してきたものである。

その後、種々の苦労のすえ昭和四七年三月三〇日に遁所道路株式会社を設立し、代表取締役となり現在に至ったものである。

現在、右会社には代表取締役である被告人以下二七名、下請業者として三者、右下請会社に従事している従業員が約一五名在籍しているので、遁所道路株式会社が営業を継続し得るか否かによっては、総計約七〇余名の生活に直接影響してくるものである。

たしかに、被告人がなした行為については、他の者の納税意欲を阻害することになる重大な犯罪であり、原判決が決して不当のものと思料するものではないが、被告人に対する量刑如何によっては、前記約七〇余名の生活に直接影響するものであることを重ねて強調させて頂くものである。

四、建設業法第八条第一項七号では、役員の資格について厳しい制限がなされており、代表取締役ならびにその他の役員については懲役一年以上の刑に処せられている場合には、その執行を受けることがなくなった日から二年を経過していないと役員に就任することが出来ないものである。

すなわち、これらの者が役員となっている場合には、建設業として許可されないことになっている。

勿論、右法文について、そのことを云々するものではないが、被告人の場合にこれをあてはめて見ると平成一〇年八月二七日まで遁所道路株式会社の代表取締役、または、役員に就任することが出来ないことになっている。

遁所道路株式会社は、前記設立の経緯から明らかな如く、主として被告人一人で一切を切り盛りしていたものである。

その結果、現在の確固たる地位を築きあげたものである。

したがって、被告人がその業務に従事することが出来ないことになると、会社の経営が破綻に瀕することになることは極めて明らかである。

前記の如く、被告人がすべてを切り盛りしていたために、未だ後継者が育っていないものである。

長男は新潟県で会社勤めをしており、次男は大学に在学中で到底急場に間に合わないので、被告人が役員として就任することができなくなると事実上会社の運営がストップすることは明らかである。

被告人としては、本件事件以後、二度と違反行為をしないと決心しているところから、今後は出来うる限り合法的な運営をしてゆくことを固く決意している。

したがって、ダミーを作ることは違法行為をなすことになるので、そのことは避けたいと決心しているものである。

五、被告人は、自己の行為を深く反省している。

その証拠として、財団法人法律扶助協会に贖罪金として金五〇〇万円を、財団法人かながわともしび財団に金五〇〇万円の寄付をしたものである。

これらの資金は、法律扶助協会の運営資金とし、あるいは、社会福祉のための基金として運用されるものである。

このように、自己が犯した行為はともかくとして、極めて反省し、特に社会福祉に対する寄付等については今後も出来る限り継続したいと決心しているものである。

六、会社に対し、課税された脱税額ならびに重加算税等の納付によって、遁所道路株式会社が経済的に大きな負担を負っていることは明らかである。

そのことは、自己の犯した行為の当然の報いであったとしても会社にとって、大きな経済的負担であることもまた明らかである。

そのうえ、さらに個人として前記の如き寄付をするということは、経済的負担にさらに上乗せすることになるものである。

被告人が敢えて、このような負担をしてまでも寄付をしたということは、自己の行為に対し贖罪の意味があることは勿論であるが、出来るならば、建設業法に違反することなく、自己が代表者として今後努力することによって自己の行為の反省と、さらに事業を通じて社会に貢献しようとする決意のあらわれである。

前記の如く、建設業法によれば一年未満の刑であるときは、そのまま、代表者たる地位を維持することが可能である。したがって、被告人に対しては是非とも一年未満の刑で処断されたく、控訴審における寛大な判決をお願いするところである。

なお、遁所道路株式会社としては罰金の金二〇〇〇万円を納付するための金員、ならびに今回の金一〇〇〇万円の寄付金については、すべて金融機関からの借入金により賄っているものであって、これだけでも充分に社会的制裁を受けたものと言えるものであり、この点から勘案すれば被告人に対し、懲役一年の刑の言渡は過酷なものと思料するものであり、重ねて、原判決を破棄のうえ被告人に対し、懲役一年未満の刑に処せられたく控訴の趣意とするものである。

以上

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